INTERVIEW

Né-net 髙島一精 インタビュー

アマチュア部門の審査をお願いして2年目となる、Né-netデザイナー 髙島一精さんにインタビュー。学生時代はもちろん卒業して就職してからもコンテストにトライし続けたという髙島さんに、当時の様子や気持ちを伺った。キャラクターのにゃーをはじめ、思わず笑顔になってしまう体にも心にも優しい髙島さんのデザインは、若い頃にしかできない濃密な時間によって培われ、支えられていることが分かる。

学生時代から沢山のコンテストに挑戦していたとお聞きしたことがありますが、本当ですか?

僕が学生の頃といえば90年代後半ですが、コンテストが今よりたくさんあった時代です。その中でも規模が大きいコンテストといえば、オンワード新人デザイナーファッション大賞(現・Tokyo新人デザイナーファッション大賞。以下、ファッション大賞)と装苑賞でした。どちらの賞にも学生時代から欠かさず出していましたね。学生時代は同級生との競争もありますから、コンテスト別の傾向と対策みたいな分析をしたこともありました(笑)。でももちろん、そのとおりにはいかないのですが。

ISSEY MIYAKEに入社して1年目の1997年に、ファッション大賞で大賞を受賞されましたね。

今は学生でなければ応募できませんが、当時は就職して何年目かまでチャレンジすることができたんです。それで、就職してからも出し続けていました。ファッション大賞の魅力は海外からも応募できるという点ですね。確か、何万通というデザイン画が世界中から集まって、アジアだけでなくヨーロッパからも応募者が来るわけです。その中で、何としても賞を取りたいと思っていましたね。

そうやって卒業後にも挑戦する気持ちとは、どういう気持ちだったのですか?

自分で作ったものを第三者や審査員に見てもらえることと、発表できる場があるということが嬉しかった。そこでどう評価されるのかが知りたくて、そのために服を作っていたように思います。チャレンジしていたのだと思います。けれどデザイン画が選ばれないことには服を作ることができないですからね。いろいろ作戦も練るわけです(笑)。自分が作りたいものにプラス、審査員の存在を意識してデザインしていたと思います。

卒業後にISSEY MIYAKEに入社したのですが、すぐにA-netのブランドに配属されたんです。だからA-netの仕事をしながら、ファッション大賞にチャレンジしていたんですよね。ある意味、ファッション大賞の受賞がその後の人生の転機になって、今の僕があるわけです。

大賞を受賞された作品のデザイン画をもってきました。デザイン画は鉛筆でとても細かく描かれています。そして添付の素材もオリジナリティがありますね。


デザイン画は鉛筆で点描画のように描かれている。コード刺繍のサンプル付き。

審査会場にデザイン画が並ぶ状況は今も昔も変わらないと思います。そこでどうやって審査員の足をとめるか?当時の僕なりの分析ではこうやって細かく絵を描きこんで、素材を大きく貼り付けるという手法だったのでしょうね。まず審査員を止まらせて、手に取らせないと勝負にならないし、選ばれないと服を作れないんですから。だから敢えて抽象的な絵を描いたんです。ディティールを描かないから、今だったら選ばれないかもしれないですね(笑)。この作者は何を思ってこのデザイン画を描いたんだろうと審査員も思ったと思います。しかもバックスタイルだけですからね。

素材から作ることは学生のときから好きでした。就職して知恵もついて、ネットワークも広がったので、このコード刺繍のサンプルは、実は会社でお付き合いのある刺繍会社に頼んで作ってもらったんです。学生と同じことやってはだめだと思って。よりレベルの高いものを作ろうとしていましたね。完成度の高いものを作るという点では、入社数年の人にも応募権があるっていうのはいいですね。もしかしたら、また復活するといいかもしれない。当時はジャン=ポール・ゴルチェが来日して審査員をしていたんです。ゴルチェはちょうどその年からオートクチュールをスタートしていて、そこでデニムを使っていたんです。そのことが頭にあって、だから作品は予定の素材を変更して、デニム素材で作ったんですよ。僕の個人的な意見では素材を途中で変えてもいいと思うんですけれどね。さらによくしたいと思うときに、モノ作りの基本としてありえることだと思うから。
改めて、デザイン画一枚から道を切り開くのって新鮮だなと思います。ポートフォリオは何かうんちくばかりになってしまうことが多いように感じます。結果、何が言いたいのかな?と。うんちくも大切だけれど、一番は服を作ることが大切で、服をきちんと作って欲しいかな。


約20年前に描いたデザイン画を見る髙島さん。

制作はもちろん、ご自宅でするわけですよね?

そうですね仕事が終わって帰宅してからデザイン画を描いたりしていましたね。もちろん休みの日にも描きました。会社の仕事は仕事として真剣に取り組むわけですが、それとは別に、どうしても自分が作りたいものがあるんですよ。それは本当に自分を忘れないための訓練といってもいいくらい。「作りたい!」という強い思い、そうした結果が大賞受賞でした。


作品は最終的にデニムで作られた。

大賞を取ったことで、自分自身にはどのような変化がありましたか?

やっぱり受賞して人に見てもらえたことで自信がつきますよね。認めてもらえてすごく褒められたら、いい意味で調子にのって嬉しくなって、いろんな事が好循環にもなりますし。自己満足で作っているのと違って、自分が今、良いと感じているものを信じて作ったときに、世の中の人はどう見て感じるかを知りたかったですし。逆に自分の至らない点なんかも発見できて、とにかく成長できると思うんですよね。すごくいい経験になりました。自分と違う視点でいろんなものを見てくれる人たちからの意見は貴重です。社会人の受賞は学生の受賞とは、またちょっと違う気分かもしれませんね。


アトリエには16-17AWの商品が並んでいた。オジサンやビールが立体モチーフになってパッチワークされたアイテムは、ブランドならではの愛嬌者達。

アマチュア部門の審査員を2年経験した感想をお聞かせください。

複雑な気持ちです(笑)。自分がそうやって一生懸命取り組んでいた経験があるので状況をわかりすぎてしまうというか。当時の自分とシンクロするんですよね。応募者の学生の気持ちが痛いほど分かる。分かりすぎてしまって「なんでもうちょっとちゃんとやらないんだ!」とか思ってしまって(笑)。そして当たり前なんですけれど、人の人生を変えるほどのことなので、やっぱり真剣に、真摯にやらないといけないと思いましたね。

事務局としては、そこが狙いなんです。トライした経験があって、さらに現在でも活躍されている人が審査員をしてくださっているほうが説得力があっていいと思いました。

いや本当に、あのときが一番やっていましたよ。今がやっていないというわけではないですが(笑)。仕事して自宅に帰ってから、寝る間も惜しんでデザイン画を描いたり、服を作ったり。あんなにコンテストに執着して、なんだったんだろうって思いますけれど。やっぱりそこには「表現したい!」と思うあふれんばかりのエネルギーがあったと思います。もちろん今もありますよ! でも当時の純粋に「作りたい!」っていう気持ちとパワーはすごいものがありますよね。だからこそ、当時の自分と応募者がシンクロしてしまって複雑な気持ちなんですよね。選ぶっていうのが残酷な気がするときがあります。

選ばれるのは、たったの25枚ですものね。それでも選ばれたデザイン画にはオーラがあると感じます。

目に見えない何かがありますよね。ものすごい点数の中でも残るための努力と、運とチャンスをつかむための常日頃の準備とか。本当に運をつかむというのは大切なことです。

最後に学生に伝えたいことはありますか?

無いかな。変な意味ではなくて、チャレンジしている人はいつの時代も誰に言われなくてもチャレンジしていくと思うから。周りがやりなさいって言って、しかたなくやって大賞とか取っても、やっぱり消えて行ってしまうでしょうからね、そういう人は。チャレンジすることが大切です。一番頑張っていた記憶に支えられて、一生懸命だったときの自分が物差しになって、今があると思いますから。

僕らのときと時代が全然違うと思いますが、時代に関係なく、服を着ると気持ちが上がるじゃないですか。どんなに落ち込んだ日でも、服を着ると気分が変わるじゃないですか。大事なんですよねそれが。ファッションデザイナーという職業は、そうやって人に影響を与えることができて、やっぱり面白い職業だと思います。

17SSより


ブランドコンセプトは“カップルで共有する日常着”。親子や男女でシェアすることもできる。

PROFILE

髙島 一精 Kazuaki Takashima

1973年 熊本県生まれ。95年 文化服装学院アパレルデザイン科卒業。96年 株式会社イッセイ ミヤケ入社。05年にグループ会社A-netから、新ブランドNé-netをスタートさせる。06年に第24回毎日ファッション大賞 新人賞・資生堂奨励賞を受賞。

official site:http://ne-net.net/

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PHOTO : Hiroyuki Takashima

TOKYO 新人デザイナーファッション大賞 アマチュア部門

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